インカ・ショニバレCBE展

インカ・ショニバレCBE展

2021年11月6日

インカ・ショニバレCBE展

本日は、絣のご紹介ではなく、福岡市美術館で開催中の、インカ・ショニバレCBE展をご紹介したいと思います。大規模改装のため2年半ほど休館していた、同美術館の開館記念展の会期も残り少なくなってきましたので(勘違いでした。会期は5月26日まで)、先日、何年ぶりかで美術館に足を運んだのですが、そこで初めてインカ・ショニバレCBEのお名前とその作品に出会い、衝撃を受けました。

衝撃の第一は、その作品が、織物である絣とは異なる綿のプリント地(染め物)であるとはいえ、衣服の素材となる布地を使った作品であったという、偶然性に驚いたことです。会場に足を踏み入れるまで、インカ・ショニバレCBEの作品はもとより、そのお名前すら全く知りませんでしたので、わたしの目下の関心と図らずも重なっていた偶然に対する驚きは、衝撃と表現したくなるほどのものでした。 もちろんこの衝撃は、その作品のすばらしさによってもたらされたものであることは、言うまでもありません。

昔、東京で森英恵展を見たことがありますが、展示されている作品は全て、あくまでも洋服として作られた作品ばかりでした。蝶などをモチーフとした非常にユニークで、多種多様な図柄の布地段階から創作される森氏の洋服は、どれも創造的な美術作品でもあったわけですが、ファッションデザイナーである森氏の創作物は当然のことながら、あくまでも洋服という実用の用の範疇からはみ出すものではありませんでした。

しかしインカ・ショニバレCBEは、衣服の素材として作られているプリント地を、衣服という範疇から完全に切り離して、アート作品の素材として利用。しかも単に素材として利用しているだけではなく、衣服素材としての本来の特性も100パーセント取り込みながら、実用の用としての衣服からは完全に逸脱しています。そしてこの逸脱が、これまで世界中で数限りなく生み出されてきた、いかなる美術作品とも全く異なる独特の美を生み出しています。

絵画にせよ彫刻や他の立体物(インスタレーション)にせよ、その素材の変化が作品世界にも大きな変化をもたらしてきたことは、あらためていうまでもない周知の事実ですが、インカ・ショニバレCBEが使う綿布のプリント地は、ごくありふれた日常的な素材でありながら、世界の美術史に大画期をもたらす、素材の新たな大発見であった、とも言いうるものだと思われます。

作品に使われている布地は、画題説明によれば全てオランダで製造されている綿のプリント地だとのことですが、どれもこれも全ての布地が非常に図柄多彩で色彩も鮮やか。その多彩な図柄と鮮やかさゆえに、布地だけでも鑑賞に値するほどに人目を惹きますが、見方によっては、素材そのものが主張しすぎるともいえるわけです。自ら強烈に主張しすぎるこの素材に負けずに、作品を創造することは並大抵のことではないはずですが、インカ・ショニバレCBEは、色鮮やかなそれらの布地の特性を存分に活かしながら、全く別世界を生み出しています。

その特異な作品を生み出す源泉は何か。気になるところですが、インカ・ショニバレCBEはアフリカのナイジェリアの血を引く、イギリス生まれのアーティスト。「CBE」とは、その功績をたたえて、イギリス王室から授与された大英帝国三等勲爵士だとのことですが、本稿では敬称として使わせていただいております。
インカ・ショニバレCBEが作品の素材として使う色鮮やかなプリント綿布は、即座にアフリカ更紗、あるいはアフリカン・プリントを連想させますが、アフリカに出自をもつとはいえ、郷愁を動機とするかのようなこの単線的な連想だけでは、ショニバレCBEの作品は語れません。

一つには、ショニバレCBEは、ナイジェリアに出自をもち、子供の頃にナイジェリアで過ごしたとはいえ、イギリスで生まれ、イギリスで教育を受け、イギリスで創作活動を開始したという、複層的な境界性を内包しつつ生きることを余儀なくされてきたからです。余儀なくされてきたといえば、マイナスのイメージになりますが、ショニバレCBEはむしろ、自らの境界性を汲めども尽きせぬ創作の源泉としているように思われます。

単線的連想を否定する二つ目の根拠は、今ではアフリカ土着の産物かと思われているアフリカン・プリントも、実はインド、ないしはインドネシア(ジャワ)から輸入された外来物であったという。しかもプリント綿布のアフリカへの伝播は、大航海時代以降から始まるヨーロッパ列強による世界の植民地化、アジア、アフリカに対する植民地化政策の結果であったという。具体的にはオランダ人がインド更紗やジャワ更紗の美しさに魅了され、自国でも生産を開始、ヨーロッパやアフリカにも輸出したのが、プリント綿布伝播の流れだという。

オランダは現在もプリント綿布の一大生産国であるらしく、ショニバレCBEの作品では、全てオランダ産のプリント綿布が使われています。イギリスにはオランダ産綿布を専門に売るお店があるらしく、その写真も展示されていましたが、非常にカラフルなプリント生地の展示そのものが、まるでアート作品の展示かと見紛うほどに美しい。これには心底驚きました。日本でも生地の問屋さんに行けば、大量の生地の展示は見ることはできると思いますが、色鮮やかなプリント綿布専門の店はないのではないか。イギリスでは専門店があるほどのプリント綿布の需要があるということなのでしょうか。まさかショニバレCBE御用達専門のお店ということではないとも思われますが、真相は不明。

という疑問も芽生えましたが、ショニバレCBEの作品には、作家自身の出自に由来する複層的な境界性と、素材であるプリント綿布のもつ複層的な境界性とがないまぜになって、美という頂点において世界を撃つという動的な美しさに満ちています。造形力もすばらしい。是非ともご覧いただきたく、会期もあとわずかですが、ご紹介させていただきました。

なお、繰り返し登場しておりますプリント綿布は、インドのろうけつ染めに由来するものだとのことで、正確には「オランダ製ワックスプリント綿布」です。長すぎますので、文中では省略しました。

また、さっき知ったばかりですが、2006年9月に国立民族博物館で「更紗今昔物語~ジャワから世界へ~展」が開催されたらしい。展覧会の案内も参考になると思いますので、リンクを貼っております。同展の解説によると、学術調査の結果、更紗の伝播はジャワからインドへ、であることが判明したという。

ところが2014年10月には、福岡市美術館でも「更紗の時代展」という似たような展覧会が開かれていたことを、たった今知ったばかりです。展示の詳しい解説が公開されていますので、こちらも参考資料としてリンクを貼っておきます。こちらは更紗の伝播の起点はインドと見ているようです。

インカ・ショニバレCBEの公式HPにもリンクを貼っておきます。すばらしい作品の数々がWEBに惜しげもなく公開されています。 2019年04月25日